第17章 the world
「ファントムシーフ。今日の午後また花街の警備依頼が来てるんだが、嫌、だよな」
「いえ、行きます」
大安吉日、本日の空は生憎の雨。
「午後から本降りだから雨具忘れんなよ」
窓を開け、ゴロゴロと唸る空を見上げる。
あのひと時は夢だったのか。いや、夢ではなかった。
だけど何も変えられず、今。
「こないだ花魁道中したまいか太夫の身請けだってな」
「警備なんかいるか?」
事務所に広がる会話を受け流し、ヒーロースーツに手を伸ばした。
外したネクタイから不意に香る見知らぬ甘い香りに、目頭が熱くなった。
何が、ヒーローだ。
ロッカーを小さく小突いて唇を噛み締めた。あの唇の柔らかさも、覚えている。
彼女は確かに口にはしなかった。だけど間違いなく、僕に助けを求めた筈なのに。
不甲斐なさを胸に自席に座る。
「ファントムシーフ、まいか太夫に会えたのか?」
昨日非番だった先輩が心配そうに僕に問い掛ける。周りの同僚の耳がこちらに集中するのを感じ、ポケットから取り出した偽りの笑顔を貼り付けて笑ってみせる。
「門前払いでしたよ…ははっ…」
「うぇ、まじかよ…まぁあっちは住む世界が違うから気にすんな。そうだ、今夜キャバクラ奢ってやるよ」
同じ言葉。なのに、言う人が違うだけでこんなに腹が立つのか。
「いやぁ、女には困ってないんで、大丈夫ですよ」
僕は腐ってもヒーロー。