第2章 Umbrella
張り付いていたビル壁から離れた瞬間、私は暑さと寒さの狭間で白い息を吐き出した。
その刹那、落ちる水滴が凍る。私の吐息に乗り、敵目掛けて降り注ぐ。
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インターンと学業、ヘトヘトになる毎日だった。
雄英高校から近い場所に事務所があるとは言え、張り詰めた糸を弛ませ無いように日々を送るのは十六、七の私には少しばかり辛かった。
「ICE 、最近調子悪いな」
いつ契約解除されてしまうか分からない不安に押し潰されぬよう、私は必死で喰らいついていた。
「ショート…すいません…」
謝る事しか出来ぬ自分が嫌になりそうな毎日だった。彼に近付きたくて必死に掴もうと足掻くけれど、足掻けば足掻くほど、差は開き劣等感に蝕まれていくようで怖かった。
日が落ちた事務所でレポートを纏めながら字を滲ませていると、彼が静かに缶コーヒーを差し出した。
「根詰めるなよ」
相変わらず、抑揚の無い一言だったが、その一言はきっと左側。冷たく凍って出られなくなった私の心を優しく溶かしてくれたのだ。
「私、自信が無いです。今、何をすればいいのか…何をしたら前に進めるのか…わからない」
時間を掛けて書き上げたレポートもぐしゃぐしゃになる。それもお構い無しに溜めに溜め、凍てつかせた思いを吐き出した。そんな私を見て、彼はこう問うた。
「でも…お前はヒーローになりたいんだろ」
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「いっ、……けぇぇぇ!!!!」
私の一声で降り注いだ氷を見て、駆け付けたヒーローが飛び出す。
いつだって現場には、傍らには彼がいた。彼が居なければ、私は成り立たないとさえ思っていた。
それでも、彼が折れそうな時、彼が傷ついた時、守ってあげたい。そう思う様になっていた。
「大切な人を…守れるようなヒーローに、私はなりたい」
あの日が落ちた事務所で彼は私にこう言った。
「なりたいもんになりゃ良い」