第17章 the world
「濡れたお金を突っ返してさ、二度と顔を見せてくれるなってな。今でも不意に鼻あたりに漂うんだ、あの金の臭いが」
目元を拭うこともせずに、頬を滑り落ちる涙。
静かに彼女の軌跡を僕は食べる。気が付けば空が白み始めている。
「そのヒーローは今、少し離れた場所で事務所を構えてるよ。管轄ギリギリ外れる位、ほんの少し離れた場所さ」
「そう、なんですね…」
女に困ったことの無い僕だけど、そんなに感情全て注ぎ込む事は経験したことが無い。無難な相槌が、跳ね返り痛い。
「だけどその一件以降、それはもう別人がまいか太夫の皮を被ってるんじゃ、って位に大人しくなってな…口に出さないだけで傷付いたんだろう」
「なら今度は癒してあげなきゃいけませんね」
目の前に束になった金色が垂れている。規則的に落ちる水滴を見送り僕は言う。
「…だがまいか太夫の人生には何かが憑いてるんだろうな」
男が顔を下に向けて数段低い声で呟いた。
「まいか太夫が可愛がってた新造が店の金全部持って、惚れた敵と逃げちまったんだ」
長い時間立っていたからか、目眩がした。
自分の身に置き換え想像して寒気がする。
「神さんも手を差し伸べずには居られなかったんだろう。今日訪ねてる旦那が話を聞きつけて通い出してくれたんだ」
「成程、だから身請けを…」
「ああ。そうすりゃ、店も助かるだろうってな」
傘を差し出した男が言いたかったのはコレか。
話が全て繋がり、僕は前髪をかき上げた。
「それで彼女は幸せなんでしょうか」
「さぁ、分からない」
「本当に、その鉄道会社のお偉いさんの事、好きなんでしょうか」
「好きも嫌いもあれへん」
鈴の音がして、顔を上げると空は明るくなっていた。そして七色の虹がかかり、虹の下に彼女が立っていた。
まるで人形のような真顔で、此方を睨むようにして。