第17章 the world
皆肩が触れ合わんばかりに賑わっていた通りが、次第にシンとして来た。
それはどんどんと明け方に近づいてる証。
「おわっ…びっくりした…まだ居たんですか…」
彼女を訪ねて来た時に、僕と押し問答した男が暖簾を下げに来た。
「えぇ。待つと約束しましたから」
その男は僕の言葉に目を丸くして、暖簾を店に置きゆっくりと此方に寄ってきた。
そして並ぶ様に立ち、煙草に火をつける。
「まいか太夫、綺麗でしょう」
ふぅ、と吐き出す白い煙。雲に混じるのを薄目で眺めて相槌を打った。
ぽとり、落とされた灰は濡れた地面に溶けきれず、汚れた雪のように足元に募る。
「俺は、まいか太夫がここに来た時から知ってるんですよ」
語り出すのは、待ち焦がれる彼女の昔。
濡れた爪先を眺めて、口を挟まずに耳を傾けた。
「そりゃあ一目見た瞬間、この街の全員が彼女に恋をしたもんです。あの子は敵が拐ったヒーローとの間に生まれた子。だけどね、本当に凛とした、出来た子なんですよ」
風が不意に吹き上げ、煙が目に染みたのか。
男は目頭を押さえ話を続ける。
「気立てもいいからすぐに人気者になりました。あれはあの子が二十歳前の時だったかなぁ…」
目頭を押さえたのは、涙のせい。そんなの、僕は最初から分かっていた。けど、流させてやりたいと思ったのは、流れない灰のせいか。
「敵が暴れた時があったんです。売りに来た子供が思ったよりも安い値しかつかなかったって…そこに一人のヒーローが現れたんですよ」
何となく、話の最後が見えて息がしにくい。
嫌だな、と溜息をつきたくなる程の雨粒が空から一斉に降り出した。