第17章 the world
「は?いや、だからお金は有りますよ?僕はプロヒーローの…」
「えぇ、存じ上げております。ですが其方の世界にも順序や仕来り、があるように此方の世界にも同じ様にあるんですよ」
夕闇の花街。道行く人に彼女の名前を聞きやっと着いた一軒の遊郭。
あの花魁道中の際に見た花街と、今日歩いた花街は全くの別物だった。
店先はまるで檻の様で、色艶やかな着物を着た女達がこっちを見ろと言わんばかりにこっちを眺めていた。
「それに生憎まいか太夫は御贔屓の旦那と先約がありまして…」
店前に立つ男がヘラヘラと笑い、僕に頭を下げた。
「じゃあいつ、彼女の予定が空くんだい?」
長い時間で無くて良い。もう正直な話し、一目会えればそれでいい様な、そんな気さえしていた。
隠しているつもりでも、この苛立ちは伝わっているんだろう。
「はぁ……予定、と言われましても…まいか太夫は…」
「あら、昼間のお兄さんやないの」
押し問答を繰り返す無駄な空気を、一瞬で浄化する声。
鈴の音が鳴った気がした。
「ほんまに来たんやねぇ」
店先に座る女達より、大分と落ち着いた藤色の着物を着た彼女が僕を見て目尻をほんの少しだけ下げた。
「約束、したから」
成り立ったかは分からない白昼の約束。
その言葉を聞いて、彼女は一度眼球を上に向け、そしてけらけらと幼子の様に声を出して笑った。
「せやねぇ。約束、したねぇ。ほやけど私今日は明け方迄、予定空かんのよ…」
「まいか太夫、旦那待ってますんで」
「嫌やわ、このお兄さんもお客様やで。…ほんまは初会言うて一回お座敷に来てもらわなあかんのやけどな、昼の大門、あれが初会でええよ」
「まいか太夫?!何言ってるんですか!駄目に決まってるでしょ」
口を挟めず、スーツの裾をふわふわ触る僕など置いてけぼりに、彼女と男が喋り、時たま彼女が僕に相槌を求めるから、僕はヒーローの笑顔を貼り付けた。