第16章 ウソツキのコイワズライ
滑らかさが売りのシャープペンシルが恨めしい。
少しの引っかかりも許してくれなくて、白い場所が黒くなる。
「鳴子くんって大阪で生まれたの?」
手の速度を緩めて、問えば明るい声がする。
「せや。ええ所やで」
「そっか、行った事ないなぁ」
ほんの少しの抵抗を毎回繰り返して何も生まれない。
それでも少しだけのふたりきりを楽しみたいのだ。
「私バイトしようかな」
シャープペンシルを机に転がして伸びをした。そうしたら頬杖をついた彼が私の急な言葉に首を傾げた。
「なんでや。なんか欲しいモンあるんか?」
「バイトしてお金貯めて、ロード買おうかなぁ、なんて」
大きな目を丸くして、彼が口を開けた。そして数秒遅れて笑い声が聞こえた。
「興味あるんかいな」
「ちょっとだけ」
私の前に移動して彼が身をずい、と乗り出した。
こんなに楽しそうな、嬉しそうな顔、初めて見た気がした。
「もしホンマに買う言うんやったら行き付けの店紹介したるわ!」
その一言が嬉しくて、でも何故か逃げてしまう気がして机に置かれた彼の腕を掴んだ。
「じっ、じゃあ……さ、その時、一緒に行ってくれ、る?」
またキョトンとした顔をして、ふわりと彼が笑った。
グラウンドからウォーミングアップをする声が飛び込んで来て、反対の校舎から吹奏楽のチューニングの音がした。その音に挟まれて、私は静かに声をかける。
「ワイでええんか?せや、寒咲も誘うか?」
私の手を払い除ける事もせず、彼は穏やかに言うから静かに頭を揺らした。
「鳴子くんと二人で行きたい、なぁって」
彼の脈が手のひらに伝わって、私の口が良く動く。
「鳴子くんのロードかっこいいし、私の趣味に合うなって。だからその、鳴子くんに見立てて欲しくて、だからあの…」
早口に捲し立てる私を見ながら、彼の手が机に転がったままのシャープペンシルを掴んだ。