第16章 ウソツキのコイワズライ
「なんか書くもん」
シャープペンシルの頭を二回鳴らして彼が手を差し出す。慌てて机からノートを引っ張り出して差し出すと、滑らかにシャープペンシルが泳ぐ。
「…チャリンコ、めっちゃ高いんやで。バイト何ヶ月分やろな。まぁ、気張りや」
手渡されたノートには、私とは違う携帯会社のアドレスが書かれていた。
「うん、約束だよ」
彼とこうして話す時間が、例え嘘を積み重ねて出来上がった物でも、私は幸せで。その現実に目眩を起こしてしまいそうになるのだ。頭に酸素が回らなくて息苦しいのに、胸が弾むのだ。
「さぁーて、もうええやろ?ワイ、部活あるしそろそろ…」
立ち上がろうとする彼の香りに、また胸が高鳴って、また小さな嘘をつく。
「内緒ね、バイトの話。ロード買いに行くのも、内緒」
本当は皆に言い触らしたくて堪らない。彼にも何の気なしに誰かに喋って貰いたい。
だけど誰にも邪魔をされたくないから、私は息を吐くように、嘘をつく。
「わぁーっとる。内緒な」
ひらひらと振る手に目が奪われて、握ったままのノートは少しだけ柔くなっていた。
たった十数分、交わした言葉は復唱出来るだろう。
だけどこの胸の満たされようは、誰にも分かって貰えない。
私とは違う携帯会社、そんな壁いくらだって超えてやる。
一人静かに、橙に染まる白と黒の日誌の上で求人サイトを開いた。