第2章 Umbrella
F地区から見たあの氷壁に私は完全に安心しきっていた。
彼のサイドキックとして働き出して二年。私は彼の氷壁こそが平和の象徴だと感じていた。
冷静沈着、それでいてどこか抜けている。だが制圧した敵にやられるなんて事は有り得ない。それに他のサイドキックも居たはずだ。走る度に心臓がぷつり、ぷつりと鋭い針で刺されるようで痛い。
いつ見ても目眩がしそうな高さの氷壁を横目に私は無線に手を伸ばす。
「どこですか」
息を切らしてそう問うと無線とは違うクリアな声が聞こえた。辺りをぐるりと見渡すと何かを抱き抱えたサイドキックがいる。
「ICE !こっちだ」
「ショート!!!」
駆け寄り視線を落とすとそこには左腕が血塗れになった彼がいた。力無く目を開け、私を見て言う。
「…F地区は…」
「無線聞いてないんですか!!」
自分の事よりも他地区の状況を気にする彼に苛立ち声を荒らげてしまった。私の怒声を聞いてか、ほんの少しばかり眉を下げ、若手No.1ヒーローショートがすまない、と漏らした。
「F地区完全制圧。敵は?」
サイドキックに問うと苦虫を噛み潰したような顔で一度だけ首を振った。そして指をさした。ビルの壁に張り付いた敵を。
「応援要請は!?」
「出してます!けどっ…至る所で敵が襲撃してるみたいで…どうにも…」
サイドキックになりたての後輩が泣きそうになりながら言った。
周りは瓦礫の山。彼を救助して貰おうにも車がこちらに来れない。縮まったと思った実力の差は、やはり全く縮まっていないのかもしれない。
こんな時、ショートならどうする、どう対処する?
私が見てきた二年は一体なんだったのだろうか。
自問自答を繰り返す暇もない。分かっている。
「ショート…,右腕は生きてますか?ここいらのビル壁、全部凍らせてください」
彼の右肩を優しく掴んで私は囁いた。
静かに頷いた彼を見て、大粒の涙を流そうとするサイドキックを無理やり立たせた。
「ビル壁が凍ったのを確認後、走ってショートを救助班に引き渡して!なんとか食い止める」
叫びにもならない小さな叫びが終わる前、真夏の街が凍った。