第14章 【文スト】運命を見つける60秒間【江戸川乱歩】
『…お客、さま…?』
「違うよ、乱歩。江戸川乱歩
みんなは乱歩さんって読んでくれるけど
ゆりなさんには乱歩って呼び捨てがいいなぁ」
まだ、空いたままの瞳はゆりなの唇を視線でなぞった後、徐々に首筋を通って胸元へと降りていった。
そうして、両手で握ったままのバラの花に移るとゆっくりと口を開く。
「本当はもっと大きな花束にするつもりだったんだ。」
『え…』
「でも、昔読んだ小説に
薔薇の花は本数で意味が違うって書いてあったのを思い出してね」
乱歩はまた食えない笑顔に戻ると、んーと…と言いながら壁に並ぶスイッチを眺め始めた。
『本数……ですか』
「そう、本数。
一本のバラの意味ってわかるー?」
ゆりなは少しだけ考えた後、すみませんと申し訳なさそうに首を軽く下げた。
『わからないです…
そういったことに疎くて…』
「いいよ、知らないだろうなっておもって聞いたから」
乱歩は壁のボタンを1つ押して、ゆりなに向き直ると3歩ほどで距離を詰めた。
ショーケースに背中が当たる。
乱歩はそのバラの茎をゆっくりと指でなぞると同時に、ゆりなの耳に薄い唇を寄せた。
そして、脳みそが茹でたってしまうほどの甘い声で
「一本のバラの意味は…
一目惚れ、だよ。」
と囁いた
どこかで、ブティックの自動シャッターが、ガシャン…と閉まる音がして
もう一度重ねられた唇の間で
好きだよ。と、乱歩さんの声がした。