第8章 【現パロシリーズ】にじり口【轟焦凍】
『なんでここに…』という音声は喉元をすぎることなく
ただ口だけが、その形に動いた。
奇妙な体験だった。
恐怖で声が出なくなるって言うのは。
うちの来客用のカップに口をつける穏やかな姿も
旦那にお代わりを勧められて、「あぁ、頼む」と薄く微笑む姿も。
私の、背中にしめやかな戦慄を送り込むだけの材料でしかない。
「どうした?そんなに驚いて
轟さんが、わざわざ休んでた時期のお月謝を持ってきてくれたんだぞ」
「いや、俺も連絡を入れずに来たから
口付さんが驚いてもしかたねぇ」
ーーなんで?
なんで、普通に話してるの?
どうして、旦那と笑いあってるの?
「いやー轟さん面白いなぁ
天然?って言われるでしょう」
「天然…?俺は病院生まれだけどな」
「はは、本物ですね」
旦那はすっかり轟先生の事を気に入ったようで、「そうだ、よかったら夕飯食べていってくださいよ。」なんて言っている。
「いいのか?」
と轟先生が返事をした途端強い目眩がしそうになったけれど、どうにか平然を保ってキッチンに立った。
買ってきたものを冷蔵庫に収める。
夕飯と言われたところで、今から準備できるものは、鍋しかないし…
震える手で、包丁を握るけれど、上手く切れない。
白菜が石のように固く感じる。
「手伝う」
左側から声がして、思わず跳ね上がる
もちろんその声は、旦那のものなんかじゃなくて、轟先生だ。