第7章 一寸丹心【イッスン-ノ-タンシン】
だが信長様の安否すら判明していない今、この男は何を成しに来た?
現在の織田の状況を知らぬ訳は無いだろう。
三ツ者を抱える武田も無関係では無いのだから。
俺の頭の中を最悪の状況が駆け巡る。
もしや信長様はもう既に……?
だからを取り戻しに来た……?
不穏な空気を隠す事無く俺が男を睨み付けると、男は困った様に笑って両手を小さく掲げる。
「そんな怖い顔しないでよ。
今日はね、お知らせを兼ねた様子見なんだから。」
「お知らせ……?」
「うん。
あんたの主君が帰って来るよ。」
まるで日常会話の如くさらっと告げられた言葉に俺は大きく息を飲み、僅かに震えて仕舞う声で再び問い掛けた。
「それは……本当か?」
「本当も本当!
だって俺達が信長を救ったんだからさ。」
そして得意気に口角を上げる男の口から滔々と経緯が語られ始める。
「例の小国が織田の名を騙って武田に向かって来るって知った時には
信玄様も随分ご立腹でさ。
そりゃもー…その激昂振りには手が付けられなくて困ったよ。」
ここで男は呆れた様子でくすくすと笑った。
「信玄様は何よりも彼奴らが織田の名を騙った事が許せないみたいだったな。
『俺と信長の闘諍に雑魚如きが水を差すな』ってね。
それで、そうなりゃ俺達の出番だ。
俺達が彼奴らの進軍状況を逐一監視して、
その報告を受けた武田は迎え討つ準備を整える。
うん、何時も通りの信玄様の遣り方だ。
でも其処に織田軍が出張って来ちゃうもんだから……」
やれやれといった感じで右手をひらひらさせてから、男は一呼吸置いて続ける。