第7章 一寸丹心【イッスン-ノ-タンシン】
陽が昇り出す前に断腸の思いでを手放した俺は、眠るの身体を清め乱れに乱れた褥を始末し新しく整える。
其処に再びを寝かせて、この先は信長様奪還へ向けて只管に身骨を砕こうと天主を出ようとした時……
「今晩は。
いや、もうおはようかな?」
この場には不釣り合い過ぎる軽やかな声が背後から届いた。
心底驚き振り向いて見れば、俺の視線の先では張り出しの欄干に凭れ掛かった忍び装束の男が微笑んでいる。
「お前……何者だ?
何処から入った?」
「あれ……俺の事聞いてない?
何処から入ったかは…秘密。
教えて守備を強化されちゃっても困るしねー。」
からからと無邪気に笑う男に、俺の背筋は粟立った。
この男は一筋縄ではいかない。
優し気で端正な顔をしながらも、その男が纏う空気は氷の様に冷たく鋭い。
そこで俺は一つの結論を導き出す。
「捌號……か?」
「おっ…何だ、知ってんじゃん。」
男は嬉しそうに顔を綻ばせて歩み寄ると
「お初に御目に掛かります。
明智光秀殿。」
俺に向かって恭しく頭を下げた。
この男については信長様から聞かされていた。
嘗てのと同じ『三ツ者』である…と。
『三ツ者』であるが故に拘禁されたを見捨て、しかし何よりもその身を案じ、結果命懸けで安土城天主に忍び込んだ後にを信長様に託していった…と。
自身を『家畜』と称し嘲笑しながら、それでも仲間や主君の幸福を望む実に人間臭い『人』である…と。