第6章 望蜀之嘆【ボウショクーノータン】
「何をしているっ!」
俺は己でも驚く程の速度でに駆け寄ると、その身体を抱え込み天主内へ転がり込む。
すると今度は文机の上に置いてある懐刀に向かっては手を延ばし身を乗り出した。
「止めろ、っ!
好い加減にせぬか!!」
を再び引き戻し、俺はに覆い被さると動けない様に組み敷く。
「何を考えているのだ、お前は?
また巫山戯ているのならば俺も真剣に怒るぞ。」
お互いの荒げた呼吸音が響く中、は俺をぎりっと睨み上げていた。
「…って……ぃの?」
「何?」
「のぅ…まは……か…ってこ…な…の?」
が俺だけに向かって紡いだ初めての声。
それなのに俺は、が何を伝えたいのか理解出来ない。
困り顔を隠す事も出来ず己の不甲斐無さに焦れていると、
「う゛う゛ーー……」
その役立たず振りを責め立てる様に、は悲痛に顔を歪めて俺の胸を両拳でどんどんと叩いた。
そしては褥の傍らに畳まれていた信長様の夜着を掴んで引き寄せ
「あ゛あ゛あ゛っっーーー!」
城中に響き渡るのではないかと思う程の大声で泣き叫ぶ。
信長様から聞いた話ではあるが、拘禁されて居た時のはあれ程の苛虐を受け続けても呻き声一つ漏らさなかったという。
それがどうだ。
信長様の存在が危ぶまれただけで、今はこれ程に取り乱し狂った様に泣いている。
俺の身体の下で信長様の夜着に顔を埋め叫び続けるを、俺はどうしてやる事も出来ず唯々じっと見下ろして居た。