【跡部】All′s fair in Love&War
第36章 恋と戦争に手段は問わない(中編)
「そういえば、寮がある街…跡部、知ってるんでしょ」
「あぁ、昔旅行で行った。治安が良くて日本人が多い街だ、現地の奴らも皆寛容で、易しめの英語で話してくれるぜ」
その場所を、一年間のカリキュラムを、調べ上げている時は、自分の執着心にゾッとする程だったが。ここで役に立ったならまぁいい。
昨日の緊迫した雰囲気が嘘のように続けられる会話、この三年間、よくもこんな進歩のない関係を続けて来たと自嘲する。それ程俺達を取り巻く空気は、良くも悪くも、いつも通りで。持ってきたはずの決意が、少し揺らぐ。
しかし松元がふと開いたスマホの画面は、恐らく時間を急かす物で、急にその表情が曇り出す。その時、が迫っているのだ――
「あの、跡部、お願いがあって…私が、来年帰ってきて、まだ籍が空いていたら…私をまた、マネージャーにして欲しいの」
それからややあって、松元が捻り出した願い、とやらは拍子抜けするほどささやかなものだった。思わずじっとその目を見る。それがお前の願いの、本当に全てなのか、と問いたくなる。
「…それは、当然だろ。むしろ、お前が逃げようったって逃がしてやる気なんか無かったぜ、退部届けも出てないんだからな」
「そ、そーなの…?」
「高等部にそのまま進む奴は、手続きしない限り部活動もそのまま繰り上がると説明があっただろうが…俺様に言うことはそれだけか?」
「え、えっと…あの、今までほんとに有難う、これからも宜しく」
そう言って、こちらの表情を伺うように、視線を彷徨わせた松元は、逡巡の後、俺様と真っ直ぐに目を合わせた。見せ付けるように大きく溜息を吐くと、途端に不安めいた表情に変わる。
ぎゅ、と痛々しく、色が変わるほど握り締められた手も。ゆるゆると、湖面のように涙を湛えた目も。しかし泣くまい、と噛み締められた唇も。少し高揚した頬も、呼吸も――今まで相対してきた奴らに見せていたそれとは全く違っている。その全てが、俺様の事を好きだと言っているのに違いないのに。