【跡部】All′s fair in Love&War
第32章 おわりのそのまえに(中編)
悲しいのだろうか?それとも、悔しいのだろうか。いや、寂しいのかも知れない。複雑な表情からは色んな感情が連想されて、目が離せなくなる。そして、もしかして、という想像が脳裏に過ぎる。
「…ごめん、ビックリしたよな」
俺の絞り出したような声に、守河はまるで夢から覚めたように視線を彷徨わせ、そしてこちらを見た。交わる視線は、しかし今までとは、もう同じに見えない。手放しで、喜べなくなってしまった自分。
「ううん、ビックリしたはしたけれど。確かに、私も不注意だったわ、ごめんね千花ちゃん、ジロちゃん」
守河の言葉は、その隣に座った松元には届かなかった。ぼんやりとコートに戻った跡部を見つめる松元、そしてそれを見つめる守河の口元がぎり、と噛み締められたのを俺は見てしまった。もしかして、という先程の予感が確信に変わる――
そして、いつもより長く感じられる部活が漸く終わった。跡部が松元に送ってやろう、なんて声をかけていて、珍しい事に驚く。
「…お前達も乗って帰るか」
「いーや?邪魔なんてしないよ、なー守河」
「…そうね、帰りましょ、ジロちゃん」
一緒に帰れるんだ、なんて素直に嬉しく思いながら、しかし内心は複雑だった。跡部は俺の方を見てにやり、と笑う。何を考えているか、薄々分かっているけれど、答えることも出来ず軽く頷いた。行こう、と声をかけると、ついてくる守河。
俺の念願は遂げられた。彼女はさっき、跡部に入部届けを預けていた。クラスも一緒だ。ジロちゃん、と呼んでくれる。でもそれは彼女にとって、きっと良くない結果を招いている。隣を歩くけど何も話さない彼女に、俺の執着心が、あの子への嫉妬が、そして何よりも寂しさが渦を巻く。
「ねぇ、守河」
「ん、なぁに、ジロちゃん?」
俯いていた顔を上げ、答えてくれた守河はやはり、綺麗だ。例え悲しい表情をしていても。