【跡部】All′s fair in Love&War
第16章 夏の魔物に連れ去られ(後編)
――何、なんなの、どーなってんの、あたしが何をしたって言うの。
抵抗する暇も無く鏡台の前に座らされ、着ていた服を脱がされ、恥ずかしがる余裕もなかった。手先から足先までピカピカに磨かれ、色々いい匂いのする物を塗られ、キラキラ光るパウダーをはたかれ。洗えば取れますので、と念を置いて、マニキュアを綺麗に塗ってくれるお手伝いさんがいるかと思えば、綺麗な髪ですね、と言葉をかけながら髪をとき、結ってくれる人もいる。
マスカラを丁寧に睫毛に塗り、リップクリーム以外付けたことのなかった唇には、淡いピンクのグロス。肌は綺麗ですからこのままにしておきましょうね、と声をかけられたが、頬にチークだけつけたみたいだ。アイシャドーで色を足すと、一気にオトナの顔になった気がして吃驚する。
そして仕上げ、と言わんばかりに立たされて足元から引き上げられたのは、水色のドレス。同色のオーガンジーで作られた花のようなフリルが腰から足元にふわっと広がっている。胸元はスパンコールが花の様に散りばめられ、首まで引き上げた生地をチョーカーのように項で止めれば完成だ。
訳が分からないなりに嬉しくなってくるり、と回るとそれに合わせてふわり、と広がる生地。お手伝いさんも何て可愛らしい、と口を合わせて一斉に褒めてくれ、思わず照れる。そして言われるままに部屋を出て、ホールへと歩く。
「松元、馬子にも衣装だな」
「…跡部こそ」
やっぱり、と言うべきか。そこに立っているのは跡部だった。ゴールドがかったホワイトの燕尾服を着こなしている姿は、馬子にも…なんてとても言えた物じゃないが、言い返さずにはいられない。
「何、なんなの、これ」
「お気に召さなかったか?」
「い、いや…そんな訳じゃ、ないけど」
こんな事をされて、気に入らないと怒り出す女の子が居たらお目にかかりたいものだ。ここで素直に喜べたら、有難うと言えたなら、もっと可愛げがあるだろうに――そう考えてしまい、少し口篭る。そんなあたしに、跡部はすっと手を差し出す。
「一曲、お相手頂けますか?」
――はぁ?と、今日一番の間抜けな声が出た。