第8章 彼の見えざる手
「○○君、人間はね。死に逝く場所は選べても生まれ出る場所は絶対に選べないのだよ」
「!!」
○○は理解した。
自分が生まれた場所が偶々、平凡な一般家庭であっただけで。
それと同じ様に。
―――薄雪が生まれた場所が「偶々」マフィアだったのだと。
理解した瞬間に、後悔と申し訳なさが押し寄せる。
そんな「過去」の薄雪を一切知らずに、自分を助けてくれた「現在」の薄雪に対して自分のとった行動が如何に薄雪を傷付けたモノだったのか………
「………だからもう一人のお兄さんも怒っていたのか………」
ポツリと云った言葉を聞いて太宰が笑う。
「理解してくれて良かった。そういうわけだから薄雪を傷付けた以上、二度と近付かないでくれ給え」
「………はい」
その通りだ。
本当に愛しているのならその人の過去なんて如何でもいいは―――……
「でないと―――『狩人は獲物に照準を合わせたまま』だから、ね」
「!」
○○の顔から再び血の気が引いた。
太宰はその顔を満足そうに見るとフッと笑って、○○に背を向ける。
「薄雪に救われてる命だ。精々、大事にし給え」
それだけ言い残して去っていった。
○○は暫くの間、そこを動くことは出来なかった……。
入り口に向かわずに。
横道にそれて太宰は立ち止まった。
そして、物陰に潜む気配に向かって云い放つ。
「始末してくれたら良かったのに」
「ケッ。だったら手前ェで殺れ」
「出来ないから中也に云ってるんでしょ」
立ち聞きしていた中也が隠す気もなく返事する。
「まあ、余計なことを喋れば殺す」
「薄雪にバレないようにね」
「手前に云われなくとも判ってるっつーの!」
舌打ちして、今度こそ本当に中也は去っていった。
「さてと。私も戻らないと」
太宰も漸く公園の入り口に向かって歩き出したのだった。