第8章 彼の見えざる手
「薄雪先に公園の入り口に行ってて」
「何を……するお心算ですか?」
薄雪がピクッと反応する。
「『彼』に話があるだけだよ」
ヘラッと笑って話すと薄雪の頭をポンと撫でる。
だが、薄雪は気付いていた。
「…………嫌、と云ったら?」
眉間に皺を寄せて太宰を見つめる。
その眼は太宰の瞳の中に黒の何かが蠢くのを捉えて、離さない。
「喧嘩でもするかい?薄雪に勝算があるとは思えないけどねぇ」
フッと笑って云う太宰に、薄雪は俯いて首を横に振った。
「………いえ」
そう云うと一礼して、指示されるがままに立ち去っていく。
それをやれやれ、と云いながら息をはいて見送ると太宰は視線を○○に戻した。
ビクッと小さく肩を上げる。
「君が何を勘違いしているかは知らないけど私達は探偵社の一員で、薄雪は今件が初仕事なんだよ」
「………初仕事……一体、何の…」
「『当たり屋の逮捕』だよ。一部始終観てたでしょ」
「あ……!」
そうだ。
抑も『当たり屋』の事を教えたのは何を隠そう、目の前の人間なのだから。
「可笑しいと思わなかったのかい?薄雪が大金を持ち歩いていたことも、薄雪の電話でもっと怖そうな人間が駆け付けたことも、警察の現れたタイミングも」
「!」
指摘されてその通りだと納得する○○。
太宰は続ける―――冷ややかな目を向けながら。
「それなのに君は、薄雪に対してあんな態度をとった―――まあ、所詮は軽はずみに好意。その程度だろうけどね」
「!?」
ハッとした。
そうだ。
あんなに脅威から庇ってくれていた筈の女性を、怯えの対象にしたのだ。
「僕は―…」
何てことを。
そう続ける積もりだった言葉を太宰が遮った。
「でも、薄雪は嘘は付いていない」
「………は?」
反省する気持ちが一瞬で引っ込む。
「薄雪は間違いなくマフィアの人間だ」
「!?」
○○の顔が引きつった。
しかし、脳は正常に動き続けていた。
故に、直ぐに太宰に言い返す。
「何故です!?薄雪さんは何故マフィ「軽々しく名前呼ぶの止めてくれない?」―――!」
空気が、凍った。