第8章 彼の見えざる手
「何だい?」
「……極悪人の顔をしてますけど」
何時も通りの笑顔を称えている太宰の筈だが、薄雪にはそうは見えなかった様だ。
「うふふっ。そんなこと私に言うのは昔から薄雪くらいだねえ」
「矢っ張り、怒ってます?」
「怒る?真逆」
クスクス笑いながら薄雪の耳元に顔を寄せる。
「おっ……治兄様!?」
突然の行動に慌てふためく薄雪。
「私からは絶対に逃げられないよ?」
囁くように云われた悪魔の言葉は、
薄雪を行動不能に落とすほどの威力を持っていた。
云い方はどうであれ
ハッキリと云われたのは初めてだったのだ。
―――手離さない、と。
カアァッ……
薄雪の顔が一気に紅潮する。
太宰は満面の笑みを浮かべて薄雪の手を引いて歩く。
食事に行くことを止めて帰宅する気になったことを教えずに。
放心状態の薄雪を連れて、太宰は早々に帰宅するべく歩いていくのだった。
薄雪が抱いた疑問を凡て解決するまで、あと数時間―――。