第8章 彼の見えざる手
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男達がパトカーに乗せられて去ってしまったせいで静まり返ってしまった公園に2人は未だ居た。
「○○さん。立てます?」
スッと手を差し出して云った薄雪にビクッと肩を弾ませる程に怯える○○。
その様子に薄雪は苦笑した。
そして、そのタイミングで
「それ、お前の連れだったのかよ」
先刻まで居た、何処かに行った筈の『恐怖の一人』が何処からか姿を現す。
「そうです」
「ふーん」
その事に然して驚きもせず、薄雪が「兄様」と呼ぶ2人目の男が○○を一瞥する。
「コレを選ぶくらいなら未だ青鯖の方がマシだな」
「珍しいですね。中也兄様がそんなこと云うなんて」
薄雪が少し目を見開いて云う。
そんな薄雪の頭を乱暴に撫で回す中也。
「薄雪はその理由なんざ知らなくていい」
「?」
突然の行動に疑問符を浮かべながら中也を見つめる薄雪。
そんな薄雪をよそに、中也は怯えている○○に視線を戻した。
「だから―――消すか」
「!?」
○○の顔が一気に青褪める。
薄雪が慌てたように中也の腕にしがみついた。
「なりません。何人たりともそれだけは許しませんよ」
「やけに庇うじゃねぇか。こんな餓鬼の代わりなんざ幾らでも居んだろ」
「中也兄様…判っておいででしょうが彼は唯の巻添え。なにより私の数少ない友人のご学友なんです。お止め下さい」
「……ハイハイ」
薄雪がそう云うと中也はクルッと背を向けて去っていった。
その背中に薄雪は一礼して見えなくなるまで見送った。
それから○○に向き直る。
「一応兄様には判っては頂けたみたいですが、先刻も申し上げた通り、マフィアには幾つかの絶対的規則が存在します」
「……規則………」
○○が怯えた様子で薄雪の言葉を繰り返す。
「例えば先刻云いましたが、『江戸雀は最初に死ぬ』―――要は『余計なことを話せば殺す』と云う警告なんです」
「!?」
一気に恐怖するところに戻る。
「あの連中は警察に捕まることでポートマフィアからの報復を逃れました」
「!」
そう云うことだったのか。
○○は先程目にした奇怪な光景の意味をようやく理解した。
確かに警察を敵に回すことを避けたいはずだ。