第8章 彼の見えざる手
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「何故、場所なんて確認したのでしょうか」
公園の入り口付近に設置されていたベンチに腰掛けて居た薄雪は電話から耳を離すと首を傾げて呟いた。
太宰からの指示は『ハムラビ法典』。
その一言だけだったが故に、その意に反しなければ何処で何をしようが干渉してくることなど今まで一度も無かったのだ。
「矢っ張り兄様の考えている事は読めませんね」
その結論に至って薄雪は小さく息を吐いた。
そして、荷物を入れているシンプルなトートバッグから水の入ったペットボトルを取り出して口を付ける。
ヒソヒソと。
通りすがりに薄雪を見ながら話す男達に気付かぬ振りをして腕に嵌めた時計に目を落とした。
「この様子だと夜までには帰れそうですね」
もう一口、水を飲むと薄雪はペットボトルを仕舞って代わりに一冊の本を出して読み始めた。
「兄様の愛読書は相変わらず歪んでますね」
クスクス笑いながら読んでいる本は『完全自殺』と掲げられた題名の書物。
びっしりと付けられている付箋を外さないように頁を捲って読み進めていると
「?」
突然、現れた陰が読んでいる本の頁を染めた。
薄雪は本に向いていた顔を陰の方へ向ける。
「薄雪さ……あっ!白沢さん!」
「貴方は書店の」
薄雪が奇遇ですねと声を掛けると○○は満面の笑みで本当に奇遇ですね!と返した。
「学校の帰りですか?」
「あ、はい!薄雪さん…じゃなくて白沢さんは「薄雪で良いですよ」……えっ!?」
ニコッと笑って云った薄雪の言葉に思考が止まったのか。
○○はピタリと動きを止める。
「呼び方に拘りなどありませんので好きに呼んでいただいて構いませんよ」
「!」
○○の顔が再びパアッと明るくなった。