第8章 彼の見えざる手
何と云ってこの場を去るのが一番適切なのか。
本当の兄妹では無いにしろ薄雪……イヤイヤ。白沢さんが兄様と呼ぶほどの親しい人物なのだ。失礼を働いては僕の心証が悪くなっ………
ピリリリリリ…
「おっと。誰かな」
お兄さんの携帯電話が突然、鳴り出した。
何てタイミングの良い着信だろう。
僕は見えない電話相手にお礼を云った。
「何だい?連絡なんて寄越して。有事かい?」
仕事の話だろうか。
……僕は此処に居ても良いのか?
「ふーん……。判った。ところで薄雪自身は今どこに居るの?」
薄雪……?
電話の相手は薄雪さ……また馴れ馴れしかった。白沢さんなのか!?
聴こえるわけ無いのに僕は耳を澄ませる。
「………ああ、そう。まあ確かに××公園なら良いかもね。気を付けて帰っておいで」
××公園………。
もしかして…そこに行けば薄雪さんに会えるんじゃないのか!?
「おっと。もうこんな時間だ」
何時の間にか電話を切っていたお兄さんがそう告げて時計を確認する。
格好良い時計を着けてるなあ。
流石、大人だ。
「では私は失礼するよ。君も気を付け給え」
「あ、はい」
僕は「有難うございます」と頭を下げてお礼を云う。
××公園――
丁度、今の位置と学校の間に在る大きい公園だ。
ボートが乗れるほどの小さな池もあり、散歩にはうってつけの場所として有名である。
その情報を手に入れられたことに跳び跳ねて喜びを表して、××公園に向かうべく踵を返した。
逸る気持ちを抑えられずに少し速歩きになっている自覚もあった。
だから全く気付かなかった。
お兄さん―――。
歩き去っていった筈の太宰さんが何時の間にか此方を振り返り、妖艶な笑みを浮かべて僕のことを見送っていたことなんて―――………。