第1章 しづ心なく(土方side)
山崎を使って手を動かしながらも、俺はこのあとのことを考えてしまっていた。
女と二人で酒を飲みに行った経験など、正直記憶にない。
何を話したらいいんだろう。
いつも定食屋で顔を合わせる時のように、自然にしていればいいのだろうが、意識してしまった以上、自然に振る舞うことなんてできない気がする。
「副長、このデータですが……、副長、副長?」
山崎の声で我に返った。
「考え事されてるところすみません。ここ、これで合ってるかだけ確認していただきたくて」
「そ、そうだな……」
俺は動揺を悟られないよう、吸いかけのタバコを灰皿に押しつけた。
仕事を何とか早めに終わらせ、出かける前に自室ではたと気づく。
一体俺は何を着ていけばいいのだろうか。
隊服?それとも、着流し?
っていうか、この2種類しか持ってねェェェ!
あまりにも貧困な私生活を自覚して、俺はしばし落ち込んだ。
定食屋の前で待っていると、ちょうど20時を過ぎたところで、彼女が走ってきた。
「ごめんなさい。出がけに仕事が立て込んでしまって」
「いや、俺も今来たところだ。それより、息が切れてるぞ。少し休むか?」
「ううん、大丈夫……」
そう言いながら肩で息をしている。
だがその姿は、まるで俺に早く会いたくて走ってきたかのように見えて、俺は思わず目を細めた。
本当はそんなはずないのだが。
「それ、俺が持ってやる」
彼女の肩にかけられた重そうな鞄をつかむ。
「え、いいわよ、土方さん。重いでしょ」
確かに女の鞄にしては重い方だろうが、このくらいの重さはさほど苦にならない。
「いつもこんなに重い鞄持っているのか」
「そうなの。ついつい荷物が増えちゃう」
「そんな細い身体なのに」
「もう慣れちゃったもの」
俺は何だかかわいそうになって、せめて俺と一緒にいる時くらいは、俺が荷物を持ってやることにしよう、と心に決めた。
……
……って、アレ?
勝手に、今日だけじゃないことにしてねえか、俺。
今日こうやって会ってるからって、次があるとは限らねえのに……。