第1章 しづ心なく(土方side)
一目見て、彼女は店をとても気に入ったようだった。
「落ち着いてて、とても雰囲気がいいのね」
「個室もあるから、宴会にはちょうどいいんじゃねえか」
「ほんと?それなら喜んでもらえそうね」
カウンター席に座るが早いか、大将と宴会の相談が始まった。
俺は放っておかれた形だったが、あまり苦に感じなかった。
杯を傾けながら、彼女の横顔を時折眺める。
男は、いい女を見ているだけで満足する生き物だ。
うまい酒と女。
俺は到底天国に行けそうにない人生を送っているが、これも一つの天国かもしれねえな。
横から眺めると、横髪を後ろでまとめている銀細工の髪留めが目に入った。
高価なものではなさそうだが、なかなか手の込んだ細工がしてあり、使い込まれた渋い艶がある。
女の身につけるモンのことは正直わからないが、彼女にはよく似合っているように思う。
「ごめんなさい、土方さん。お酌もしないで」
彼女はそう言って、俺の杯に酒を注いだ。
その酌をする所作の流れるような美しさ。
和装をしているわけではないのに、袂が見えた気がした。
以前から、姿勢のいい女だとは思っていたが、たとえば近藤さんが尻を追っかけているお妙という女や、柳生の跡取りの女のように、武術を修めた人間の直線的なそれではない。
もっと柔らかく、それでいて芯のある姿勢。
女に酌をしてもらうこと自体、大して経験があるわけではないが、素人のものとは思えない動きだった。
「どうしたの?」
俺がずっと顔を眺めているのに気づいて、彼女は不思議そうに俺の顔をのぞきこんだ。
長めの前髪が斜めに揺れる。
「いや……」
さすがに、見惚れていたとは言えない。