第1章 しづ心なく(土方side)
「ねえ、土方さんはこの辺の飲み屋さんに詳しい?」
煮魚定食を食べながら、彼女が聞いてきた。
「まあな」
「今度、かぶき町で、仕事関係の宴会をしなくちゃいけないの。下っ端の私が幹事になっちゃって。でも私、かぶき町のお店をあまり知らないから」
「人数は?」
「10人くらい。真撰組のみなさんが接待につかうような本格的な料亭じゃなくていいの。こぢんまりしていて、でも気のきいている感じのお店、ないかしら」
こぢんまりしていて、気のきいた店……。俺の頭にいくつか店が浮かんだ。
「そうだな、いくつか心当たりはある」
「よかった!さすが土方さん」
彼女はそう言うと、カバンの中から手帳を取りだした。
「じゃあ、お店の名前教えてくれる?」
たぶんその時の俺は、別嬪の弁護士先生に頼られて、嬉しかったんだろう。
普段の俺なら絶対口にしないような言葉が、ぽろりとこぼれた。
「もし、時間があるなら、今夜にでも一緒に店を確認しに行くか?」
「え?」
彼女が顔を上げた。
俺自身も、自分の口から出た言葉に動揺していた。何を言ってるんだ、俺。
しかも彼女に真っ正面からまともに視線を向けられて、俺は思わず目をそらした。
くそ、こういうとき煙草があればごまかしがきくはずなのに。
(さすがに混雑する時間は、この店も禁煙なのだ)