第1章 しづ心なく(土方side)
俺にしては本当に珍しいことだが、何となくその女の印象が忘れられなくて、昼飯時に見回りがあたったときには、定食屋に必ず寄るようになった。だが、その女に会うことはなかった。
珍しく休みがとれた水曜日、俺は着流しで定食屋に向かった。
カウンターに、あの女の後ろ姿を見つけた。
隣の席が空いていたので、俺は「隣いいかい」と言って座った。
「はい、土方さんにはマヨネーズ丼」
座って早々に出された俺のマヨネーズ丼を見て、女が話しかけてきた。
「ああ、この前のお兄さん」
「おお、奇遇だな」
「着流し着てたからわからなかった。今日はお休み?」
「そうだ」
「座っただけでオリジナルメニューが出てくるなんて、すごいね」
「この店には長く世話になってるからな」
「そうなんだ。私は週に1回だけだから、お兄さんみたいな常連にはかなわないな」
「そうか」
「うん、かぶき町に仕事で来るのが水曜日だけだからね」
「でも、この店を選ぶなんて、姐さんもいい舌してるじゃねえか」
「ふふふ。常連さんにそう言ってもらえると、嬉しいな。えっと……」
女はバッグをごそごそやって、俺に名刺を差し出した。
「これ私の名刺」
俺はその名刺を見てしばらく黙った。
「あ、ごめんなさい。お休みの日に、仕事モードにさせちゃった」
「いや、それはかまわねェ。あんた……弁護士先生なのか」
「まだ駆け出しだけど」
「あんたみたいな別嬪サンが弁護士だなんて、ギャップがすごいな」
俺の言葉に女は顔を赤くした。
「そんなふうに言ってくれるなんて、お世辞でも、嬉しいわ」
あいにく俺は、女に対して世辞の一つも満足に出すタイプではない。思ったことを口にしただけだったのだが。