第1章 しづ心なく(土方side)
「親父、いつもの」
「はいよ!」
定食屋の親父特製の、マヨネーズ丼がカウンターにドカッと置かれる。
これだよコレ。
マヨネーズは何にでも合うけどよ、やっぱりここまでなみなみとかけてくれる店は他にないからな。
見回りの疲れも忘れて食っていると、空いていた隣の席に客が座った。
そもそも客の回転の速い定食屋だ。時々、犬猿の仲と言っていい野郎が座ってたりするが、隣の客なんて目に入らない。
しかしこの時ばかりは違和感があって、俺は隣に目をやった。
「唐揚げ定食、いつものピリかけ並で」
力強い声でそう言ったのは、ダークな色のスーツを着た女だった。
そう、さっきの違和感は、男ばかりの客の中で、香水か何か甘い匂いがフッとしたからだ。
端正な横顔に、ゆるく巻いた髪。身体のラインが綺麗に出るスーツ。
こんな定食屋には不似合いの格好だが、注文の仕方からすると、常連客なのだろう。
俺がこの店に寄る時間帯はバラバラだから、今までこの女を店で見ることはなかった。
「へい、おまち!」
唐揚げと、ピリ辛の中華風炒めが乗った皿に、どんぶり飯。
女の昼飯にはかなり重いのではないかと思うが、彼女は箸を手にするが早いか、どんどん口に入れていく。
小気味よいほどだ。
こんなふうに飯を食べる女も珍しい。そうだな、俺が知ってる中では、万事屋のチャイナぐらいなものか。あれはそもそも地球人じゃねえみたいだけどな。
俺の視線に気づいたのか、女がこちらに視線を向けた。
まずい、警察が不審者と思われかねねェ。
慌ててマヨネーズ丼を口にしたとき、女が口を開いた。
「お兄さん、オリジナルメニュー食べてるんだ」
横目で見ると、彼女は口元に笑みを浮かべていた。
俺のマヨネーズ丼をバカにする気か?
「俺は根っからのマヨラーだ」
何か文句あるか、と言わんばかりにすごんだ。
マヨネーズは何にでも合うんだよ!!
しかし女の反応は意外なものだった。
「いいねえ。お兄さんの食べっぷりを見てると、気持ちいいよ」
え?
……そう言われると、何と答えていいのかわからない。
そもそもマヨネーズ丼見て引かなかった女、初めてだ。
「アンタも、なかなかの食いっぷりじゃねえか」
「そう?やっぱりこの店の定食が美味しいからでしょ」
「それは、そうかもな」
「じゃあ、親父さん、ごちそうさま」
そう言うと、女はあっという間に去って行った。