第1章 しづ心なく(土方side)
「女に酌をしてもらうのに慣れてねえからな」
俺はそう言い訳をした。
「真撰組の副長さんともなれば、幕府のお偉いさんと接待なんてことがあるんじゃないの?」
「俺や局長の近藤さんが赤坂や新橋の料亭に呼ばれたこともあったな。でも、ごくたまにだぞ。近藤さんはお気に入りのキャバ嬢のいる店によく行っているみてえだが」
つーかむしろ、そのキャバ嬢にストーキング行為働いているんだけどな。
「土方さんはキャバクラ行ったりしないの?」
「それこそ仕事じゃないと行かねえな。キャバクラは苦手だ。疲れる」
「疲れを癒やすためにキャバクラに遊びに行くんじゃないの?」
そう言いながら、空になった杯に酒を注いでくれる。
「俺に限ってそれはありえねえな」
そう、キャバ嬢の酒の作り方とはまた違うんだよな、この女の所作は。
むしろ、かすかな記憶をたどると、赤坂や新橋の芸者衆の所作に近い。
料亭での接待なんて居心地が悪くて、酒の味も、美人揃いと名高い芸者衆の顔も覚えていないが。
……とはいえ、芸者衆のたたずまいに似ているというのが、彼女への褒め言葉になるかどうかは微妙だ。
何しろ弁護士なんていうお堅い職業に就いているわけだからな。
そんな俺の困惑を尻目に、彼女は笑って言う。
「土方さん」
「え?」
「口元にマヨネーズがついてる」
「え?」
俺は慌てて片方の手を口元にやる。
「逆、逆。マヨネーズつけすぎなのよ」
右の袂を左手で押さえ、細い指がすっと近づいてきて、俺の口元をぬぐう。
流れるような所作だった。
彼女の舌先が指についたマヨをなめるのを眺めながら、俺は、理性が保てるのか、正直不安になった。
「マヨネーズつけてる土方さん、すごく可愛い」
「可愛いって言われても嬉しくねえよ」
「そう?褒めたつもりなんだけど」
「普段、鬼呼ばわりされてる俺が、可愛いわけねえだろ」
「でも、普段カッコいい人が可愛いところ見せると、ギャップにやられるじゃない」
「……」
それは、一般論で言ってるのだろうか。
それとも、俺個人のことを言っているのだろうか。
ああ、頭がクラクラする。
これは、酒に酔ってるのか。それとも……。