第1章 しづ心なく(銀時side)
ある水曜日、カウンターに彼女の姿がなく、空いている席に座ろうとした時、後ろから声をかけられた。
「銀さん」
彼女がテーブル席に座っていた。
「親父さんが、2人でテーブル席に座ればって言ってくれたの」
「……」
ここの親父さんは俺のために特別メニューを作ってくれるような察しのいい人だから、しょっちゅう隣に座っている俺たちに気を遣ってくれたのだろう。
だけど、こんな風に気を遣われると、ちょっと照れるな。
「銀さん?」
「あ、ああ……」
曖昧な返事をしながら、彼女の前に腰を下ろす。
テーブル席だと、彼女の顔を正面から眺めることになって、これはこれで役得だった。
「たまには煮魚の定食もいいかなあ」
彼女はメニューを真剣に眺めながらつぶやく。
そうこうしているうちに、俺の前には宇治銀時丼が置かれた。
「……正面から見ると、すごい迫力ね」
「史緒ちゃんも食べてみる?」
彼女は目を丸くして俺の顔を見た。
え?どうした?俺の顔に何かついてる?それとも、そんなに宇治銀時丼が脅威?
「じゃ、一口だけ」
彼女はおずおず、といった感じで俺の丼に箸を伸ばし、白飯と小豆をうまくつまむと、それを口に入れた。
「……」
「……」
「……うまいだろ?」
「……ごめん、私、やっぱり普通の定食がいい」
「あっそ」
ちぇー。
宇治銀時丼の良さをわかってはくれないか。
俺はそう思いながら宇治銀時丼をかっこんだ。