第1章 しづ心なく(銀時side)
「銀さんもお水いる?」
水を注ぐ所作も滑らかさで美しい。
すまいるのキャバ嬢も酒を作ってくれるけど、それとは少し違う。
かといって、お妙や九兵衛みたいに、武道で鍛えた、正中線のビシッと通った直線的な姿勢とも違う。
彼女の背筋をピンと伸ばした色気のあるたたずまいには見覚えがある。
誰だろう。
記憶をたどってたどって、気づいた。
日輪だ。
吉原の太夫を張っていた日輪は、車椅子に座っていてさえ、背筋の伸びた綺麗な姿勢で三味線を弾き、酌をする。
昨日今日できるようになったものではなく、幼い頃から鍛えられた所作だ。
それに通じるたたずまいを、目の前の史緒ちゃんは持っていた。
「どうしたの?」
俺がずっと顔を眺めているのに気づいて、史緒ちゃんは不思議そうに俺の顔をのぞきこんだ。
長めの前髪が斜めに揺れる。
「いや……」
吉原の太夫のたたずまいに似ているというのは、褒め言葉にならないだろう。
まして弁護士なんていうお堅い職業に就いている相手に。
いくら太夫が金積んだところで大名にもなびかない、高嶺の花だとしても。
そんな俺の困惑を尻目に、彼女は笑って言う。
「銀さん」
「え?」
「口元にクリームがついてる」
「え?」
俺は慌てて片方の手を口元にやる。
「逆、逆」
右の袂を左手で押さえ、細い指がすっと近づいてきて、俺の口元をぬぐう。
流れるような所作だった。
史緒ちゃんの舌先が指についたクリームをなめるのを眺めながら、俺は、俺自身(息子含む)の理性が保てるのか、正直不安になった。
「クリームつけてる銀さん可愛い」
「可愛いって言われても嬉しくねえよ」
「そう?褒めたつもりなんだけど」
「女の『可愛い』をまじめに受け取れるほど、俺も初心じゃねえ」
「でも、普段カッコいい人が可愛いところ見せると、ギャップにやられるじゃない」
えーと。
「普段カッコいい人」ってのは、一般論?それとも俺個人?
できれば後者でファイナルアンサー!って言いたいところだけど、ほんとはソレ、自分にあてはまるのわかってるのかな、この女。