第8章 夢
翌日、ビアンカは幼い頃から世話になっている医師の元を訪れた。
街中にある小さな診療所。
医師一人が様々な分野の病を診ている。
それは妊娠・出産に関しても例外ではない。
この街の妊婦は、皆ここの医師の世話になっているのだ。
待合室で診察を待つこと、数十分。
それは今まで生きてきた中で、この上なく長い時間に感じられた。
早鐘を打つ胸がうるさい。
もし本当に命を宿していたとしたら、産む以外の選択肢はビアンカにはなかった。
けれど、リヴァイは何と言うだろう。
この地下街で子を産み育てることに対して、どう思うのだろうか。
そんなこと、聞いたこともなければ話したこともなかった。
長く一緒にいても、こればかりはリヴァイの考える所がわからない。
「はぁ……」
ため息も吐きつくした。
考えすぎてどうにかなりそうだ。
ふと目の前の扉が開き、診察室から患者が一人出てくる。
同時に顔を出したのは、年配のナース。
こちらも幼い頃からビアンカをよく知る女だ。
「ビアンカ、検査結果出たわよ。入って」
「………はい」
拳に力を込め立ち上がると、ビアンカは医師の待つ診察室へと足を踏み入れた。
年をとった医師は、白髪の頭を掻きながら検査結果を記した紙を眺めていた。
ビアンカが椅子に腰掛けるのを確認したあと、体を向き合わせる。
真っ直ぐにビアンカの目を見据えて告げられた、その言葉……
「ビアンカ。―――………」
ビアンカはゆっくりとした足取りで自分の家へと歩いていた。
昼中の街の喧騒も聞こえない。
自分の呼吸の音だけが嫌に耳に付いた。
一歩足を踏み出すごとに、着実に家へと近づいていく。
医師の言葉で耳に残ったのものは、たった二つ。
その二つを頭の中で何度も繰り返す。
こんなにも家への道のりは近かっただろうか。
気づけば辿り着いてしまった、我が家。
中ではリヴァイが待っている。
おずおずとドアノブに手を伸ばすが、それを回す勇気が出ない。
ビアンカはしばらくそこに立ち尽くした。