第5章 去る者 ※
「どうして……こんな話するの……?」
ケニーは答えない。
けれども、答えないことがある意味答えだ。
ああ、間違いない―――。
ビアンカはその素肌に寄り添った。
そっと温かい腕で包まれる。
何度この温もりに救われただろう。
何度欲深く求めてしまえたら、と思ったか。
そばにいてくれるギリギリの境界線を保っていなくては今度こそ失ってしまいそうで、臆病にならざるを得なかった。
眠れない、眠りたくない。
出会ってから今日まではあっという間だった。
まだ少女だったビアンカは大人の女へと変わり、その時の流れの中にはいつもケニーがいた。
孤独になろうとしていたビアンカにこうして寄り添ってくれたのは、この温もりだった。
「……っ…」
ケニーの前で泣くのはあの夜以来。
母親を亡くした、あの夜。
ケニーはきっと、わかっている。
慰めもこの場を凌ぐ甘い言葉も求めていないことを。
そんなものを残して行かれたら、囚われてしまう。
立ち入れなかったケニーの世界を―――
真実を、少しだけ見せてくれた。
それだけで充分。
ケニーにとって、自分はどんな存在であったのか。
ビアンカは、最後まで聞くことができなかった―――。