第3章 面影
一人きりの生活が続く中、ビアンカは仕事を見つけた。
近所の古書店の主人が噂でビアンカの身の上を知り、雇ってくれたのだ。
同情されたくないと思ってはいても、生きていくために金は必要だ。
しかも、もう体を売らなくてもいい仕事ときている。
ビアンカは心機一転、一人で生きていく決意をした。
それなのに――――。
『よお。今日の晩飯何だ?』
『………豆のスープよ』
『オイオイ、どんだけ豆が好きなんだよ…』
『好きで食べてるわけじゃないわ』
拍子抜けする程にあっさりと、その男との再会を果たしたのだ。
『味はどう?』
『普通』
『……どうしてここに来たの?』
『は?』
『ねぇ、どうして?』
もう会えないと思っていた。
図々しくケニーの中に立ち入ろうとしたから、怒らせてしまったのだと。
ビアンカは答えを探るようにケニーを見つめた。
『助けた奴が母親の後を追ったら、気分悪ぃだろ?』
いつもの決まり文句が返ってくる。
もうそんな心配ないことはわかっているはずだ。
ケニーがここを訪れるのは、一人きりになってしまったビアンカを案じてくれているから。
それを悟った時、自分には何もないことに気づく。
母親の仇をとってもらっても、命を助けてもらっても。
金もない、美味しいスープも作れない。
そんな自分にできること――――。
ビアンカはスプーンを置く。
ケニーが握るスプーンもその手から抜き取ると、同じようにテーブルへと置いた。
『文句言うなら食うなってのか?冗談だって』
からかうようないつもの口調に、どこかホッとするビアンカ。
彼女は告げる。
―――女として、唯一自分にできることを。
『ケニー。私を抱いて』
『……』
『私には何もないの。ケニーにあげられるものは、この体しかないの』
『……ガキが何言ってやがる』
『ガキでも、男の悦ばせ方は知ってる』
意志の固さが窺える、ビアンカの瞳。
それに向き合うケニーもまた、真っ直ぐその瞳を見つめ返す。
『……へぇ』
小さくそう言うケニーが、ビアンカの顎を引き上げ顔を寄せる。
二人が肌を重ねた夜は、これが初めてだった。