第3章 面影
『……ご馳走さん』
スープを残して椅子から立ち上り、帽子とコートを身に付けるケニー。
ビアンカと目を合わせることなく、そのまま黙って部屋を出て行ってしまった。
それを追いはしなかった。
助けられた恩はあれど、馴れ合う間柄ではない。
もう、ここに来ることもないだろう。
『……』
食事を続ける気など失せてしまう。
テーブルの上には、二人分の皿。
明日からは、ここに自分以外の皿が乗せられることもない。
そう思った途端、一気に虚無感に襲われる。
母親を弔った後からずっと、そばにいてくれたケニー。
絶望していたけれど、孤独を感じずにいられた。
それが、今は違う。
もう全くの一人ぼっちだ。
母親以外、ビアンカが関わるのは借金取りのクローテか、体を売るための客しかいなかった。
家族もいない。
友達もいない。
例え殺人鬼でも、ビアンカの身を案じる言葉が嘘だったとしても。
一緒に食事をしてくれるような人間は、ケニーただ一人だったのだ。
『あんなこと聞かなきゃ良かった…』
静まり返った部屋の中に、ビアンカの声だけが溶けて消えた。