第2章 過去 ※
『ビアンカ、大丈夫?もうすぐよ!』
『うん…っ!』
街の中心部は通り抜けた。
辺りに人気もない。
ただ森を目指してひたすら進むだけだ。
もう、惨めな生活なんてしなくていい。
もう、見知らぬ男に体を赦さなくてもいい。
慎ましくても、親子二人で平穏に―――……
『……っ!?』
目の前を走っていた母親が突然立ち止まった。
その肩越しに見える男の姿に、恐怖を覚える。
『母…、さん…』
でっぷりと太ったうんざりする程に見慣れたその男は、眼光鋭く二人を捕らえ、口元に笑みを浮かべていた。
『こんな夜中にどこへ行くんだ?お二人さん?』
『あ…クローテさん、これは…っ、あ゛ぁぁ…っ!』
じりじり後ずさりする母親の胸ぐらを掴み、乱暴に締め上げるクローテ。
『ククッ…、夜逃げする奴らは示し合わせたようにここを通りやがる。金を稼げねぇ人間ってのは、頭が足りねぇんだなぁ?』
『あ゛あ゛ぁ…、っ…!!』
宙に浮かされた母親は、足をバタつかせ悶え苦しんでいる。
『やめてっ…!!クローテさん!!母さんが死んじゃう!!私が何でもするから!!絶対に逃げたりしないから!!お願いっ!!!お願いしますっ…!!』
悲鳴のように叫んで懇願するビアンカに、クローテは手を離した。
地面に打ち付けられた母親は、激しく噎せながら全身で呼吸を繰り返す。
『何でも…ねぇ?まだガキだから可哀想かと思ってたんだが。ビアンカ、或る娼館にお前を売ってやる。それで借金はチャラだ』
『!?』
『俺を怒らせなけりゃあ、こんなことにはならなかったってのに。あそこに売られた女ども、廃人になっちまうか自害するか、二つに一つ。鬼畜な客が集まることで有名な場所だ、よっぽど非道なことされるんだろうよ』
クローテは脂ぎった顔で、不気味に笑った。