第2章 過去 ※
母親はビアンカの問いかけには答えない。
ただ黙って、数少ない自分たちの衣服を纏めていた。
『母さん…』
何をしているのかは聞かなくてもわかった。
限界だった。
母親も、ビアンカも―――。
ビアンカとて、正直何度もその考えが過った。
けれど借金取りに捕まったら、どんな酷い目に遭わされるかわからない。
今の方がマシだと思える未来が待ち構えているかもしれないのだ。
『母さん、待って!もう一度考えよう?』
『考えたわよ!!何度も何度も何度もね!!だけどいつまでこんな生活続けなけりゃいけないの!?あんな男のせいで!!上手く行けば自由が手に入る!ビアンカだって、汚らわしい男の相手なんかしなくて済むのよ!?』
『……』
『逃げるの、ビアンカ!大丈夫、夜中にひっそり抜け出せば気づかれやしないわ!』
半分は、母親の気迫に圧倒されてしまったから。
そしてもう半分は、こんな生活に囚われない自由を夢見てしまったから。
いつもより闇が深いその夜、計画は実行された。
きっと地上の天気も良くないのだろう。
逃げ出すには絶好の条件だった。
とにかくこの街を出ること。
それから夜通しかかってでも、森を抜ける。
その先には、まだ見ぬ人々が暮らす街がある。
目指す場所はそこだ。
父親だってどこかへ逃げて、今や悠々と暮らしているはず。
自分たちだけがこんな生活に耐えなければいけない道理はない。
無我夢中で二人で走った。
今までこんなに息を切らしたことなどなかったかもしれない。
苦しくて足がもつれそうだが、一刻も早くこの街から出なければ。
誰かに気づかれる前に。
気づかれたら最後。
もう、元には戻れない―――。