第2章 過去 ※
餓えたように鋭い目つき。
こんな薄汚い瞳を、ビアンカは知っていた。
"あの夜"の恐怖が蘇る。
男はビアンカに馬乗りになり、体の自由を奪う。
犯される―――……
殺される――――!
必死で手足を捩って抵抗するが、男の力には到底敵わない。
男はビアンカの口を塞いだままスカートを捲り上げ、勃起したものを取り出すため素早くベルトに手を掛ける。
その僅かな隙。
男が口元から手を離した一瞬の間に、ビアンカはただ無我夢中で体毛にまみれたその腕に噛みついた。
「い"っ…でえぇぇっ!!」
「はあっ…!いやあぁあ!助けてぇ…っ!!
ケニーッ!!」
「てめぇっ!!」
食いちぎられそうな程に噛みつかれたことで逆行した男は、今度はビアンカの首に手を掛けた。
「…っ!!」
ギリギリと音がするほど喉元を絞められる。
必死で男の腕に爪を立ててもがいても、ビクともしない。
意識は薄れゆく。
ボヤける視界。
抵抗する腕も、もう上げていられない。
何故女は男よりも力なく作られているのだ?
またこんな思いをすることになるなんて…。
あの時、あの男が現れたのは、やはり奇跡だったとしか言いようがない。
本当ならば無念の情を抱えたまま、こうして男の力に支配されるしかなかったのだから。
その時。
堕ちていく意識の片隅で、男の断末魔が響いた。
ビアンカの気道に一気に冷たい空気が送り込まれる。
「ゴホッゴホッ…はぁ…っ!!」
解放された体を支えることもできず、ただ地面に倒れ込んだ。
自由になった体を横たえたまま全身で息をする。
痺れる体。
定まらない焦点。
ふと、そのはっきりとしない視界の隅に、血の滴るナイフが見えた。
誰がそこにいるのか、理解できた気がした。