第2章 痛がりな僕らと声なき恋(天童覚)
どれほどの間そうしていただろう。
壁にかけた時計が新たな一時間のはじまりを告げた。すっかり冷えてしまった彼の身体。ジャージのほうは、どうやらしっかり乾いてくれたらしい。
いまだ鼻を啜っている覚のうしろ髪を撫でて、やんわり提案する。
「服、着よう? 風邪ひいちゃう」
ふるふると首を振る気配。
さらさらの髪がくすぐったい。
「じゃあ、アイス、買いにいこっか」
今度はこくりと頷く気配がした。
それから、こんな要求も。
「……ベニーズのデビルパフェがいい」
「んん、じゃあその前に洋服買わなきゃだね」
「……ジャージのままでいいじゃんよ」
「覚がよくてもね、私がよくないの」
「……朱花ちゃんがにじゅうろ「それは言わなくてよろしい」俺がまだDKだから犯罪にな「だから言わなくていいの!」
しばしの沈黙。
のちに、こみあげる笑み。
ほとんど同時に吹きだした私たちは、散々じゃれついて、時折当たりそうになる唇にドキドキしたりして。
ようやくお出かけの準備を整えたときにはもう、未成年者の補導時間がすぐそこに迫っていた。
「う、わ、もうこんな時間!」
「大丈夫だよお。俺、大人びてるって言われるし。黙ってればだけど」
「そういう問題じゃないの!」
「んーもー……変なとこ真面目なんだよなァ」
転がるようにして駆けこむ玄関。
せめてもの抗いにと彼には鼻まで覆えるロングマフラーを、私の目元には大きめのサングラスを装着して、木枯らしの街へ繰りだす。
冷たい雨はもう、止んでいた。
「ねえ覚」
「んー?」
「私ね、実は復縁を迫られたの」
「……復縁? いつ?」
「会社でやなことあったでしょ、って聞かれた日」
二人並んで歩く街角が、ハロウィンのかぼちゃに彩られている。押し寄せつつあるのは聖夜の気配。ツリーを売りだすのは、さすがに時期尚早だと思うのだけれど。
「でもね、断った」
「……ふうん、そりゃまたどうして?」
気の早いジングルベルが聞こえる。
季節が、私たちの距離を近くする。
「どうしてって、そんなの、言わなくても分かるでしょう?」
了