第2章 痛がりな僕らと声なき恋(天童覚)
目が覚めると部屋にいた。
見たことのある天井に、ふわとアロマの匂い。小さな公園でひとり仰いでいた空は、いつのまにか消えていた。そこはたしかに私の部屋だった。
なのに、なにかが違っていた。
明らかな違和感があった。
「朱花ちゃあーん、アイスゥー」
違和感の正体はこれ。
これ、というか、彼。
さとり。
天童覚。
酔いつぶれの私を救ってくれたスーパーヒーロー(自称)。色白な唇を「う」のかたちに尖らせている。
「今日のアイスは何味ィー?」
氷菓子を所望しているらしいヒーローは、あの日、鼻唄まじりに雑誌を読んでいた。私の部屋の、私のお気に入りのカウチソファに寝転んで、私の愛読誌を楽しそうに読んでいた。
女性向けのファッション誌なのに。
「今日はね、これ」
「わ! バスキンのチョコミント!」
「紅茶もいる?」
「いる! ミルクで!」
ひどく奇妙な出会いだった。
上司に好かれるオフィスカジュアルという特集ページを熱心に眺めていた彼は、私の免許証から住所を特定したらしかった。
「警察を呼べば済んだ話でしょう?」
そう訝った私に「だってオネーさん俺のタイプだったんだもん」と答えた彼。
下心を隠そうともしない潔さに毒気を抜かれてしまって、力ない笑みがこぼれたのをよく覚えている。
思えば、久方ぶりの笑顔だった。
あの日、私は真昼からやけ酒を呷っていた。婚約者に捨てられたのだ。憂いに沈んでひとり、空を仰いでいた。なにもかもどうでもよかった。全部、消えてしまえばいいのに。
ただただそう願っていた。
この世のどこかにいるのであろう神さまは、そんな私を不憫に思ったのだろうか。故に、彼という存在を与えたもうたのだろうか。
「んー!んま! チョコミント最高!」
このあどけない笑顔にどれだけ救われてきただろう。あの日、もし、彼に出会えていなかったら。孤独な日々を思うだけで恐ろしくなる。
覚は、私にとって天の救いそのものなのだ。