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第7章 ふたつ 彌額爾(ミカエル)の語り ー人の望みの歓びよー



夏になると、エンゲルは目に見えてやつれて来た。元から暑さに強い男じゃないのは知っていたけれど、それにしても骸骨みたいにやつれ出したら心配にもなる。

 
 リーリエ。

いよいよ君の、いや、君と僕らの天使の季節がたけなわだ。
僕はと言えば、まあ、いつも通り。正直全然快適じゃない。毎度毎度まるで万年雪の中で生きる動物が山を下りたような様になる自分が不思議で仕方ない。
ただ、今年の夏は愚痴るのは止めようと思っている。もう間もなく君たちに会えると思えば……



手が止まって、羽ペンがテーブルの上に置かれた。

初めての事に驚いた。

エンゲルが手紙の途中でペンを置いて、頭を抱えて俯いている。

苦しそうに呻きながらエンゲルは僕らの傍らにあったロザリオをまさぐった。目を閉じてロザリオの珠を数えながら祈りを捧げ始める。

何で?

エンゲルは泣いていた。
その口から、初めて彼の声が漏れて僕は心底驚いた。

Gott.Ich möchte dich bitten.Gnade und Erlösung.

神よ、憐れみ給え。救い給え。

不思議な声だった。
太い筒を風が吹き過ぎるときに出すような、聞き辛くて間延びした野太い声。
痛くて仕方なくて身が捩れるような辛さと闘いながら、だけど私は幸せだと呻いているような、耳を塞ぎたくなる、だけど聞かずにいられない声。

音を立てないエンゲルが声を振り絞って祈っている。

苦しいのに何で祈るんだ?いや、苦しいから祈るのか?そんなに救って欲しいのか、神に?

無理だ、エンゲル。

僕は神に答えを貰えなかった人を大勢見て来た。神は人の友じゃない。

僕は知りたがりだ。
だから本当の答えを見つけるまで、滅多な事は決め付けたくない。こんな事は思いたくない。

でもエンゲル。

僕の見てきた限り、神は決して優しくはない。生まれたての赤ん坊を育む親のように、人を甘やかしてはくれないんだ。

自ら助くるものを助く。神は暇じゃないんだよ。だから大概の事は自分で解決しなきゃいけないし、神は、神は…

本当にいるのか?

いるとするなら何処にいる?こんなに祈っているエンゲルの側にいなくて、今何処にいるんだ。

リーリエ、君もだ。
エンゲルが苦しんでいる。君は今何処にいる?何をしている?どうして一度も姿を現さないんだ。
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