第6章 ひとつ 吉太郎の語り ー焦げ白銀(しろがね)という雨垂れー
醜女の非人ァ名を"ひろ"ってった。そうよ、アイツァ非人てヤツだった。
初めて会ったときィおひろンヤツァ小名木川ン傍で足ィ伸ばして寝転がっててよ。
フハ。
思い切り良く御開帳して(足を広げて)寝こけてやがるおひろに、焦ゲんヤツァ度肝ォ抜かれちまってさ。
フ…、ハハハ!く……。ぐ、ハハハハハ!
たく、あンときン焦ゲん面ときたらよ!
俺ァ腹が弾けて飛沫になって、早々に空ィ(空に)昇る羽目ンなるかと思ったぜ。
焦ゲんヤツァ、うだった蛸みたように真っ赤ンなっちまって、ブハハハッ、野暮天だろ?
まァよ、そもそも焦ゲんヤツァ紀伊国のとある御殿様ンお城の奥に湧く清水ン出でよ。四角四面が出自の若様さね。深川ン餓鬼の跳ね散らかした産湯ン飛沫から産まれた俺たァちぃとばかり育ちが違う。
や、そんな面ァすんなョ。
実を言やァ俺ァ俺ン産まれが自慢でなんねェんだ。
江戸ン水に浸かって産まれンのがどんだけ鼻ァ高けェか、江戸ッ子じゃなきゃアわかりゃしねェかねえ。
おらァその産湯産まれだぜ?誰ン並んだって引けィ取る(引けを取る)モンじゃねェや。
へっ、江戸ッ子ン中の江戸ッ子だ。我ながら大したモンだわ。ん?どうだえな?
ま、そんな訳でな、ざっかけねえ(気取り無い、粗雑)暮らしン中で酸いも甘いも噛み分けた俺だ。世間知らずの焦ゲん連れにゃ、打って付け。あンときも早々に教えてやったわな。
こらオメェ、非人だえ。まともな娘ァ河原で寝こけやしねェからな。そう驚くモンじゃねェぜ。可哀想だろィ?
…非人…?何の事や。
読んで字の如くだえな。人じゃねぇ人てェこった。人ニ非ザルてェヤツよ。
人でない人などあらんぞ。人は人や。可笑しげな事を言いよるのし。
俺じゃねェわいな。人が決めたこった。
人が人を人でないと決めた?…よう、わからん。それは可笑しげでなかろうか。
可笑しいなァ人だィな。俺ィわあわあ言うんじゃねェや。
…ほうか。ほうやな。吉に言うても仕様ない。ふむ。ようさん(沢山)人のあればうたとい(鬱陶しい)事もあろうよな。
そらァそうだろうよ。雨垂れ程じゃねえが連中も佃煮ィすんくれェ大勢いやがるからなァ。
難儀やな。
俺らにゃア関わりねェこったよ。
……関わり無くはなかろ。今こう、縁あって身近くあるのやから。
焦ゲはマジマジと女ァ眺めて、またちっと顔ォ赤くした。