第4章 弥太郎河童
里に帰ったおとは見るたび旨そうになっていった。
見知らぬ男と楽しげに川辺リで過ごしていたとき、小さな童子を一人纏わらせて現れたとき、童子が二人になって笑いながら弁当を使っていたとき、顔に皺寄せて最早見知った連れ合いの男と笑いあうとき、どんどんどんどん旨そうになって行く。
はぁ、あのとき食わねェで良かったなあ…。
無理のヤツが言ってた通りだ。こいつ、どんどん旨そうになる。アイツも伊達に神張ってんじゃねぇんだな。へ。
皿はもうヒリヒリしなくなった。病み付いた気もしない。
ただあったかいだけだ。
何だかあったかいだけ。それに、油断すると目から汁が垂れそうになるだけ。
それだけ。
俺はまた胡瓜を食らう。冷や酒を呑んで真桑瓜を齧り、尻コ玉を抜いて舌鼓を打つ。
それが俺だよ。
あの晩おとを抱えて温めてた俺。そのまんまの俺。
何だか不思議じゃねえか?
でもまあいいんだ。不思議でいいさ。おとが笑ってりゃそれでいい。
何が何だかなんて理屈は知りたくねえ。
もう皿は痛くねぇし、四本指にもすっかり慣れた。そうして何より、今だって俺の腕はちっちゃいおとの頭の重みに痺れてる。
冷たいらしい水ン中でもおとが笑ってると思やあったかい気になれる。不思議なもんだ。
俺はちっと、変わったのかも知れねえな。
時間薬は辛抱薬、短気な俺にゃいい薬。
多分今夜も路六と呑んだくれてぐっすり眠るし、寝て起きりゃ朝だ。
そうすりゃまたおとの顔が見れる。
旨そうだなぁ、おと。
旨そう過ぎて、勿体無くって、俺もう、お前を食えねえよ。
妬むなよ、憎むなよ、羨むなよ。
いいコでいろよ、可愛いお前。
俺に食われねぇようによ、恙無くすごしやがれ。
はは、あったかいけど、変な気分だなぁ。
ちり、ちりちり……