第4章 弥太郎河童
弥太郎の従っている水神は水蛇だ。
白くて細くてそれは美しく、そのくせ強い強い蛇の神。一度荒ぶると気紛れで執念深い性のままに、何でも欲しがる。何でも呑み込む。
このところ長い雨が続いた。無理というそれこそ無理無体な名前の水神が退屈した証だ。
長い付き合い故に水神の気質を万事呑み込んでいる村落の者共が、人身御供を差し出すだろう事は弥太郎でなくとも見当がつく。
「無理のモンに手を出すなんざ、馬鹿な真似をしやがった」
弥太郎の傍らで昏昏と眠る女童子を横目に文句を言うのは百十から歳を数えるのを止めた大獺。名を路六という。川辺の生き物を束ねる大爺だ。
「無理が臍を曲げた日には、無理の流れ沿いのモンが何もかんもなくなるぞ。人だけの話じゃねえ。お前ら眷族もそうだし俺ら川辺の生き物もそうだ。生え物を統べる立柳の荒れ凪がこのザマを知ったらば、お前絞め殺されるぞ」
「知らねえよ。コイツは俺の得物だ。旨そうなモンはみんな俺のモンだ」
嘴をしゃくって憚りなく言い放つ弥太郎に、路六は呆れ返って幅広の尾をぴたんと鳴らした。
「何だってお前ら河童ってヤツはそう欲深いんだかよ。ちっとは我慢を知れ、馬鹿野郎」
「うるせえな、食うぞ」
「何だ、俺も旨そうに見えるのか。血迷ったかよ、弥太郎」
「旨そうじゃなくたって食えなかねんだ」
「そんなに腹が減ってるのか?供え物が滞ってるならそれこそ無理に言ったらいいだろ。眷族の社が蔑ろにされてると知りゃあ黙ってる無理じゃねえだろ?手前まで馬鹿にされたと躍起にならァな」
「社に食いもんは山とある。欲しけりゃオメエらにくれてやらァ」
弥太郎の答えに路六は小さな目を瞬かせた。
「あの…、なあ、弥太郎よ。その女童子は、その、荒れ凪より旨そうに見えるか?」
気は強いが見目麗しい立柳の荒れ凪を日頃旨そうだと公言する弥太郎だから、この問いは少し意味深い。
弥太郎の傍らで寝息をたてる女童子は童子も童子、尻に卵の殻が透いて見えるチビ助だ。
が、しかししかし、弥太郎はあっさりこう言った。
「そうだなぁ。荒れ凪よか随分美味そうだぜ、コイツ」
「……」
路六はずっと昔、まだまだ己の心というものが、もぎたての梨か熟れた通草のワタのように瑞々しかった頃の事を思って目を伏せた。
ただ旨そうなんだよ。
チリ、チリ、チ。