第11章 斎児ーいわいこー
しかし駆け足で何が語れるだろう。そもそも私の身の上話など端折ってまでする必要があるのか?
躊躇いで口が重くなった。我が事を他人に語る行為に宿る仄かな顕示欲への羞恥と厭悪が、水底に沈んだ澱の掻き混ぜられてわらわらと舞い上がるように湧き上がってくる。
「この場で一人山越えをしようとしている私を見ればその後の顛末は察しがつくだろう?細かな話は蛇足、語るほどのことも…ないから…」
急いて話すようなことはない。この話はまたにしよう。また。…また…。ほんの束の間の縁で出会した人外の路六とのまたなど、まずあり得ないないだろうけれども。
「ふぅん…」
路六がピンピンと綺麗に張った髭を撫でて首を傾げた。
「おめえはさ」
チラリとこちらを見てから、不意にちょっと突き放すような声をポンと放って盆の窪にひたりと肉球を当てる。
気さくに身近く話していた路六にこんな態度をとられてすぅっと肝が冷えた。
「手前を安く見積もってるだろう」
違うか、というように目を細めた路六から咄嗟に目を逸らす。
何と答えていいかわからないことを聞かれたと思った。答え辛い。だが図星だ。物事から逃げるように自分を低く見積もる卑屈なところが私にはある。
路六が溜め息を吐くような苦笑いを漏らすのが聞こえた。
「うん、まあな。手前がちっちゃいもんに思えるのはあることさ。珍しいことでも恥ずかしいことでもねえよ。そんだけ色んなこと考えてるって証だしな」
何が言いたいのかわからずに顔を上げたら、路六のまん丸くて真っ直ぐな目にぶつかった。
「でもおめえは、おめえのことで誰かが悩んだり傷ついたりするってのをわかってねえ気がするなあ」
「私が誰かを悩ませたり傷付けたりしているのはよくわかっている」
何を言うのだ。
私は人を悩ませたり傷付けたりして、挙げ句ここにこういう形で辿り着いたのだ。てんで見当の外れたことを言うと腹が立った。
「違う違う。おめえの思ってることを俺が言ってることはきっと違ってるぜ。いいか?おめえは人の為と思ってだんまりを決め込んだり逃げ出したりしたつもりでいるんだろうがよ。そいつは見当違いってもんだぜ」
「…は?」
「おめえが逃げたり我慢したりすることで傷付いたり悩んだりする奴がいるんだよ」