第11章 斎児ーいわいこー
あれは元の名を満(みつ)という。
嘘か真か知れないが、満ち月の夜一晩月に見蕩れて惚けた女に月が身籠らせた月の子だと聞いた。二形であってもあまりの可愛らしさに母親が女児(おんなご)の名を付けたのよ。
サクと名付けたのはムレだ。
サクとは則ち朔月の朔、満月の逆、新月を意味する名だ。サクが月に取り戻されるのを避けたいムレの親心の表れよ。
無理は気怠げに語ると盃に口をつけ、酒を啜った。
紅い目の目尻が紅く染まって、無理はいよいよ酔い出しているように見えた。
脇息に寄り掛かり、赤い舌で薄い唇に残る酒を舐めとりながら膝を立てた格好で髪を掻き上げる様は美しく恐ろしく、またしどけなく、何処かサクを思わせた。美しいものは似通うのだろうか。しかし年経た貫禄か、この妖艶さの前ではサクもてんでひよっこだ。
無理を見ると変になるし、見られても変になると言ったサクの気持ちがわかる気がした。
とは言え、ムレの親心は歪で勝手なものだ。サクの居場所はサクが決めねばならない。
そも月が真にサクの父として、今更にサクを連れ去るとも思えない。その気があればとうに拐い上げているだろうよ。まして一夜の契りで後腐れない女の産んだ子に呪いなどかける手間があれば、とうに殺しているだろう。
何せ月のことだ。
誰が月を留立て出来る?
私もムレも神の名を戴いてはいるが、未だ月と意を通じた事すらない。
あれだけの美しさと禍禍しい性を授けた月がサクをどう思っているか知れないが、当面は見守るだけで満足なのだろう。少なくともムレ程の執着はないように思える。
靭やかな腕を差し伸べ、初めて酌を促しながら無理は続ける。
かと言って、サクを里に下ろすのは気が進まない。あれが交われば里が乱れる。
私は里を流れる川を司る身の上、悪いことにサクとは顔見知り、巻き込まれるのは必至だろう。それでなくとも諸事煩雑になって来ているところに、これ以上の面倒はごめんだ。サクは山に居て、ムレと暮らすのが上策。
私とて決してサクを厭うわけではないが、たまさか山に上った際にあの美しい顔を見る程度が程よい。半身は人の身でありながら私に劣らぬ見目の麗しさとあっては、禍の元になるのが目に見える。私はわかっている苦労をわざわざ抱え込みたがる道理のような物好きな間抜けではない。
ちらりと兄弟神を腐して、無理はにやりと笑った。