第11章 斎児ーいわいこー
「私も美しいものは好きだが、その美しさが私とお前、それぞれの目に同じように映るかどうかは疑わしいところだな。万物に遍く受け容れられる美しさがないように、万物に遍く背かれる醜さもまた等しくない」
無理が、取り交わす話の内容を皮肉に思わせる端正な顔で言った。
「お前は醜さのみを一心に慈しむことが出来るか。醜いが故に、ただそれだけでそのものを慕い通すことが出来るか」
「……」
難しい。考えてみようとしそるが、しっくり来ない。無理は右に左に首を捻る私を見て、ふっと笑った。
「これは生半に間髪の入らぬ問いではない。美しさがあるからこそ醜さが愛おしまれる。醜さがあるからこそ美しさもまた慈しまれる。美醜は互いに表裏を成す等しいもの。そのどちらにも惹かれるのは、正真そのものを好いているということだ。それは美醜など関わりない胸の内の話よ」
「…表裏を成す」
「善悪もまた然り。世のことは全て等しく表裏を結ぶ。闇も光も須く森羅であり万象である。ただ人の心ばかりが泡沫に刹那を刻むのよ。それが厄介で面白い。私が里を好む訳がそれだ」
人の心を除いた全てのものは等しく回帰するという。無理は幾盃めか知れない酒を注いですぅすぅ呑み続けるばかりで、もの問いたい私に答えない。が、不意に端座していた足を崩してにやりと笑った。
「しかし節とかいう女はそんなに醜いのか。好いた男にそうまで言われるとは全く救いのない。むしろ興を唆られるな」
「え!?あ…、え?」
何で節の名を?
「私を何と心得るか。知ろうと思えば知れぬことはない」
そこまで言って、無理は一度口を結ぶ。
「しかし、知ろうと思わないもの、思い付かぬものまでは知れるものではない。…路六はサクにばかり気をとられがちなムレの隙を突いたな。小賢しい奴め」
熊笹の繁みで路六と交わしたやり取りもお見通しらしい。
「たかだか行きずりの身で面倒の元になるな。これで閑居の身でなければ煩わしさに丸呑みしてやったところだ」
弥太郎の言ったことに間違いはないようだ。無理は人を呑むらしい。水神の化身は蛇。だったら呑むだろう。人も、人でないものも、呑もうと思えば、何でも。
「そもそもサクのことだが、お前も色々知りたいところがあろう?話してやろう。よく聞いて考えよ」
また怖じけた私を楽しそうに睨めつけて(ぬめつけて)、無理が語り始めた。