第11章 斎児ーいわいこー
「何を驚く。私の立場を弁えれば不思議があっても差し支えない筈。いちいち狼狽えるな、阿呆」
無理はふっと息を吹くような嘲笑いを吐いて、長い指で真白い御座布団に座る自分の、すぐ前の床を指した。座れということらしい。
素直に従うと無理は吸筒の栓を抜いて、中の香りを利(き)いた。ふんと鼻を鳴らして端座する。妙な気がした。初見の者に神らしからぬ気怠げな姿を見せたかと思えば、酒を呑むのに姿勢を糺す。それこそ立場を弁えれば、逆の方が座りが良くないか?
「晴れ乞いに来たのだろう?」
恐らくおかしな顔をしているだろう私の様子にはまるで頓着せず、無理はいつ現れたか知れない漆塗りの盆から陶器の小器を取り上げて器用に片方の眉を吊り上げた。手酌は気にならないらしく、酌をしろとも言わずひとりで淡々と呑み始める。
「炭に火を入れた頃合いに雨だからな。サクもさぞ膨れていよう。通りすがりが上手くのせられてご苦労なことよ」
しゃんと背筋を伸ばして盃を干すと、無理はまた足を崩して脇息に寄りかかった。最初の一盃に何か拘りがあるらしい。
「お前も山を越えるのに泥濘(ぬかるみ)を行きたくはないのだろう。見たところてんで使えぬ足腰だものな」
「見ただけでわかるものですか?」
思わず問いが口を突く。この深山まで上って来たのに随分な言われようと、ほんの少し癇に障った気持ちが転げ出た。
「おお。口をきいたな。昨日の今日で山の気に中って聾になったかと思ったわ」
皮肉げに口を歪め、無理は紅い目を眇めた。
「お前の足腰が使いものにならんことくらい、顔を見ればわかろうよ。柔やわと惰弱な顔をして、よく弥太郎に殴り付けられなかったものだ」
一度口を開けば腹も座るもので、次の問いが自然に出る。
「惰弱な顔だからといって何故殴られねばならないのでしょうか」
「弥太郎が嫌う顔だからだ」
無理は素っ気なく答えるとふっと笑った。
「お前の顔に痣がないところを見ると、あの阿呆は大方酒の呑み過ぎで酔いを持ち越したままお前と会ったのだろう。あれは昼に酒気(さかげ)が残ると何もかも面倒になる無精者だからな」
酒臭いのを我慢した甲斐があったという訳か。顔を見ただけで殴られては敵わない。