第11章 斎児ーいわいこー
途端、身を引き潰すような圧倒的な葉擦れの音が薄の音に取って代わった。
息が出来ない。胸苦しい。耳を押さえて蹲る。また責められている。いつもこうだ。何が悪くてこうなるのか。いや、わかっている。己の不徳の為すところだ。わかっていても容易に物事は変えられない。自分自身さえも。
申し訳なさに身が竦んだ。黒炭の目、私と同じものを見る女の目が、また私をじっと見詰めている。私だって、あなたと居たかった。あなたと居てどれだけ安らいだか、救われたか。
申し訳ない。許してくれ。ああ、違う。許さなくていい。でも忘れないでくれ。逃げ出しておいて勝手なことを言う私にあなたは何と言うだろう。
きっと何も言いはしない。
黙って真黒い目で見詰めるだけだ。
ああ、綺麗だ…。
気付くと葉擦れの音が止んでいた。顔を俯け、頭を抱え込んだまま、呆れたような含み笑いを聴く。
「情けない坊主め」
ムレの声だ。近い。すぐ側、耳元で話している。ずっと遠くを歩いていた筈なのに。
「その上思ったより生臭だ。女性(にょしょう)が元で出奔したか。馬鹿者」
嗄れた声は白々した薄の穂の上を行く童女の姿にそぐわないが、同時に愛嬌も匂わせて稚(いとけな)い。サクと話していたときより、心持ち穏やかな語調なのは何故だろう。
「狡いものは好かぬが馬鹿は嫌いではない。お前を殺すのは止しにしてやる」
笑いを含んだ声は優しげでさえある。気が弛んで顔を上げかけたらば、声が叩きつけるような厳しいものに変わった。
「但し、必ず約せ。三日の内に山を下りよ。サクを里へ拐うこと罷り成らぬ」
元から拐うつもりなどない。そう伝えようとまた顔を上げかける。途端、頭を叩(はた)かれた。
「馬鹿者。坊主風情がわちの顔を見ると言うか。太い奴め」
そういうものなのか。それは知らなんだ。いやしかし、相手は曲がりなりにも神の御名を戴く御方なのだから、当たり前といえば当たり前の仕儀かも知れない。これはとんだ非礼を働いた。慌てて平伏叩頭する。
「そうまで大仰にしないでいい。むしろ欺かれているようで癪だ」
むっつりと言われたが声は尖っていない。安堵の息を吐いて肩の力を抜くと、また頭を叩かれた。
「かといって弛まれると侮られるようで腹が立つ。しゃんとしろ」
中々面倒を言う。
「この格好ではしゃんとしようもございません」
「屁垂れめ」