第11章 斎児ーいわいこー
素直に認めると、弥太郎は鹿爪らしく言った。
「口は慎めよ。ろくなことになんねぇぞ」
そう思う。もう手遅れだが。
「そろそろ昼だな」
丈の高い木の隙間から覗く空を見上げて、弥太郎が眩しそうに目を細めた。
「ひと休みするか」
話に入れ込んで紛らわしていた疲れがどっと来た。どっと来たらば膝がかくかくしたので一も二もなく頷く。弥太郎に呆れて苦笑いされた。
「人は大概弱っちいモンだけどよ、おめぇはまた筋金入りの弱っちさだな。大の男が、しっかりしろよ、おい」
この日、弥太郎に連れ回されて、結局夕刻まで山をうろうろ歩いた。
弥太郎は、二日酔いが覚めると共に口数が減り、愛想もなくなっていった。それでも、弥太郎は口が悪く粗暴でも性の真っ直ぐな河童らしいと知れたから、余計な気負いなしに過ごせた。
日暮れて辺りが薄紫に染まる頃、弥太郎はサクの小屋近くで私と別れた。
「さっさと里に下りろ、生臭。あんまり山に長居すると戻れなくなるぞ」
木立の暮明で細長い影形になった弥太郎が、別れ際に言った。暮明で見る弥太郎の影は改めて異形のもので、それに気付いたら二の腕や背中がすうすうして、肌が粟立った。
「戻れなくなる?何故?」
腕を撫で擦りながら尋ねると、弥太郎は笑ったらしい。
「山の気に中る(あたる)からよ。そうすりゃ人より俺たちに近くなっちまう。おめぇが構わねぇんならいんだがよ。どうやら見たとこまだまだ娑婆っ気たっぷりだから、知らねぇうちに中られちゃ面倒だ。あれは始末に負えねぇからな」
「始末に負えなくなると、どうなる?」
日暮れて寒々して来た山の風が衿元から背中に滑り込む。ますます肌が粟立った。
「人恋しさに里に下りて人を食う。食って悔やんで哭きながら山に戻って来る。煩くて敵わねぇ」
何処かから、忌々しげな弥太郎に答えるような慟哭の声が、きぃんと響いて消えた。
「…煩ぇよなぁ」
「…………」
哀しげな声に思わず合掌した。如何にも哀れだ。が、禍々しくも聴こえる。
「あれはそうした者の声か?」
「さぁなぁ。俺ァ連中と付き合いはねぇからよ」
弥太郎の影が声の消えた方を見やり、首を振った。
「拝んだって無駄よ。ああいう輩は大概が里に顔出し出来なくなるようなことを仕出かして山に上るんだ。業が深くておめぇなんかにゃどうこう出来ゃしねぇよ」