第1章 楽天地
先刻から、月や星や砂の白い光の中を頻りに右往左往しているのは、透き通るような玉顔の姫君と若く華奢な門番の憲兵です。
二人は祈りと平和の国で生まれ育ちました。
長い長い間、外圧に悩まされることも無く静かに栄えておりましたものが、つい数日前、遠く名も知らぬ国から人の身体を突き抜く火筒を持った大男たちが、見た事もないような醜い馬に乗って砂嵐と共に現れたのが全て終わりの始まり。
全て奪われ、残らず壊され、瞬く間に虚ろ土地と変わり果てた小さく平和だった国の態は表す言葉もなく、ただ耳慣れぬ異国の言葉の、荒々しく上げる勝鬨の蛮声が渦巻くばかりという有り様。
王は身罷り、后も後を追う。
沢山の兵が、民が思わぬ戦の砂埃に巻かれて天に召されました。
今漸く国の外壁を取り巻く砂漠の砂丘に逃れ、身を隠しおおせたのは、二親の祈りのままに王宮から潜み出た独り子である姫と、何のことのない、ただ巡り合わせで生き延びた憲兵だけなのでした。
月の明かりが砂を白く照らし輝かせ、砂の明かりも又月を白く照らし輝かせ、その天と地を行き来しているかのような鮮やかな白い光は、一体月が眩しくて砂が白いのか、砂が綺羅めいて月が白いのか、俄には判じかねるような危うさで、辺りを静かに静かに満たしています。
姫は先刻から苦しい息にその優しい頬を朱に染め、幾度となく砂丘の陰に倒れ込みそうになりながら、しかし如何にも健気に懸命に歩いておりました。
薄衣越しに透ける柔肌には凌辱の痕が薄紅色の痣になって染み入っており、それがまた心の枷になって姫の足を鈍らせるのです。
矢張り傷めた身体に辛苦しながら憲兵は、姫の足取りに合わせてゆっくりと歩き、それでも遅れがちになる姫を時々立ち止まって待つのでした。
「ああ、お前。私はもういけません」
どれくらいそうして歩いたのか、月が斜めに傾ぎ始めた頃、とうとう姫は大きく息をついて、その細い身体を砂の上にくしゃりと崩しました。
「苦しくてもう、これ以上は立つ事もままなりませぬ」
姫があまり痛そうに辛そうに嘆くので、憲兵はしみじみと寂しくなって俯きました。
憲兵は、歩く度動く度、あちこちぎしぎし鳴る身体をひきずって、本当はもうすぐ倒れてしまいたいくらい辛かったのですが、姫を守らなければいけないという一心で、今迄じっと堪えて来たのです。
ただじっと、堪えて来たのです。